2018関東学生選手権①ー「先生、やっぱ関カレ出ようと思います」

      2018/07/16

アイアンマンフィリピンから帰国後、身体のメンテナンスを行ってもらうためLifeblood鍼灸マッサージ院を訪れた。

「先生、やっぱ関カレ出ようと思います」

アイアンマンのアワードパーティー(表彰式)を終えて以降、ずっと悩んできたことに対する答えが、やっと出せた。トライアスロンは、一般に個人競技に分類されるだろうし、個人的にもそうだと思う。しかし今の自分はTeam J.というチームに所属していて、そうでなかったら実現できなかったことがたくさんあると思っている。つまり、少なくとも現時点では、チームスポーツとしての側面も備えているように思える。運営に携わる年次を終えて、確かにチームに関わる機会は減っているが、チームのメンバーとの関わりの場は何も競技場での練習だけではない。アイアンマンの2週間後にロングライドに行って、本業のサイクリストたちに格の違いを見せつけられ、揃って涙目になりながら帰ってきたこともあった。社会人になったら行くことが難しそうなところに行く策略を立てたりもしている。就活に関するのしょうもない愚痴をこぼすことだってあった。去年、今年と高校サッカー部の後輩が入って来たりもしている。子羊たちよ、道を踏み違えたな。

画像はイメージです。

もちろん、Team J.にいなかったらアイアンマンに出場することもなかっただろう。しかしそれ以上に、このチームに所属していなかったら絶対に出場し得なかったレースが存在する。学生レースと呼ばれるものたちである。5月の学生スプリングトライアスロン、9月の学生選手権(=インカレ)、10月のスプリント選手権などが存在するが、特に6月の関東学生選手権は特別である。インカレ予選と位置づけられるこの大会に向けて、全国への切符を渇望する関東の大学生が、尋常でない努力を重ねる。フィニッシュラインを超える最初の76人になるべく、1年もしくはそれ以上の時間を費やす。インカレ出場権を得た者は9月のインカレに向けて、熱い夏を過ごすことが確約されるのだ。

かつては自分もその一人だった。小学4年生以降、自分にとっての唯一のスポーツであったサッカーに見切りをつけ、大学1年の1月にTeam J.の門戸を叩いた。半年後に全国大会出場をかけた予選があると聞き、はるか先を行く同期や先輩の背中を必死で追いかけた。同期から1年遅れて、2年生5月のスプリングトライアスロンでデビューし、エイジレースを挟んで、最初の関カレがやってきた。スイムーバイクと今からすれば遅かったなりにも順調にレースを展開し、45位付近で最後の10kmをスタートする。抜きつ抜かれつも50位ほどで推移してして、インカレ出場がすぐそこに見えた最後の800m地点、両足が同時に激しく痙攣する。ハムストリングと大腿四頭筋が完全に攣ってしまう。しかも両足ともだ。裏を伸ばせば表が攣る、逆も然り。歩くこともできなくなり、道路脇の柵に足をかけ、横になりながら、ただ時間と痛みが過ぎるのを待つ。800m先にあるインカレ出場枠が、一つまた一つと埋まっていくのを傍目に見ながら。50位付近を走っていたはずなのだが、何人に抜かれたのだろうか。ふと後方を見ると、明治の同期の赤澤が。

先輩たちの話によれば、彼はインカレ出場ボーダーライン付近ということだった。この半年の努力を無駄にしたくないのなら、まだインカレに行くつもりがあるのなら、これ以上ここで寝っ転がっているわけにはいかなさそうだ。よし、赤澤についていこう。恐る恐る柵から足を下ろし、足をなるべく曲げないようにしながら立ち上がり、ゴールに向かって再び前進を始める。追いつきてきた赤澤に並走し、インカレ出場枠までの残り距離が縮まっていく。残り500m、驚いた顔の赤澤に事情を説明する。残り300m、明治のマネージャーによると、70位を少し超えたところらしい。もう余裕はない。残り150m、カーブを曲がって上りに差し掛かる。足にかかる負荷が大きくなる。耐えてくれ。残り50m、あまり乗り気ではないが、周囲につられてペースを上げる。残り20m、最後のカーブを曲ってフィニッシュゲートが見える。残り5m・・・。

着順は76位だったが、自分より上位でフィニッシュした選手がペナルティをとられていたこともあり、最終結果は69位。こうして、当時のインカレ枠83に滑り込み、全国大会初出場が決まったのだった。

 

翌年も、今度はチームの主将として、関カレに出場した。1年前とは比べものにならないくらい競技力が向上していたが、バイク終盤から足が強く張ってしまう。バイク終了時には13位だったものの、身体に全く力が入らないまま10kmを走ることになり、ランではまさかの40分超え。28位でフィニッシュする。ちなみにこのレースの約1ヶ月前に初ミドルを走り、このレースで出場が決まったインカレの1週間前に初ロングを走っている。

2016年、3回目の関カレ。バイク終了時には2位と善戦するが、足を使い果たしてしまい、またしてもランで40分超え。前の年と同じ展開なのであるが、言い訳をすると、バイクで全力を出しても37~38分くらいで走れるレースを経験していた。1ヶ月前に出場した潮来大会では、バイクでヘロヘロになりながらも、ランは別腹だったのである。ちなみに、この年にバイク終了時1位だったのはチームメイトの稲員(当時2年生)で、4年生まで3年間連続でスプリット1位を獲得することになる。またこの年はバイク終了時の1~4位を慶應が獲得する、なんとも白熱した展開だった。

関カレっていつもこういう感じのレース

関カレ、総じて相性は最悪。学部4年で出場したこの大会が、最後になるはず、だったのである。

次回のキーワードは、「さそーさーん、ことしは関カレ出ないんすか?」

 

 - 2018関東学生選手権, Team J.