2018関東学生選手権②ー「さそーさーん、ことしは関カレ出ないんすか?」

      2018/07/16

関カレへの思いと苦い記憶はこちら

 

「さそーさーん、ことしは関カレ出ないんすか?」

 

昨年主将のイナカズに、何度か言われた言葉だ。その意図は、関カレでの団体順位の底上げということにあったのだと思う。関カレの団体順位は、チーム内上位3名の合計タイムで競われる。団体で確実に上位を狙うなら少なくとも3名、保険をかけて5~6名ほど、ある程度の水準で走れる選手を用意しなくてはならない。その度にこう答えてきた。

「ショートってスイマーのスポーツでしょ。ほら頑張って」

スイムの占める割合が大きいショートディスタンスのレースでは、競泳出身の選手が圧倒的に有利である。集団走行が禁じられるノンドラフティングレースでもこの傾向は顕著である。どのレースでも、スイムで生まれた差をバイクとランで回収できるかどうかという展開になる。そして昨年の2年生、3年生には競泳出身の強力選手が、少なくとも4名いた。それ以外の選手まで含めれば、団体入賞を狙うレベルにあると考えられた。集団走行が禁止のレースとはいえ、自分の出る幕はないだろう。

その年、例年通りスプリットを1位で通過したイナカズの個人4位入賞などもあり、慶應義塾大学は団体で関カレ2位入賞を果たした。いつか耳にした「強い慶應」を垣間見た瞬間だった。自分が運営に携わる頃、何よりも競技力の向上を求めてトライアスロンに取り組み、目に見える結果を出した選手は、各学年に1人いるかどうかという状況だった。つまり、「強いチーム」という形容とは程遠かった。そんな中でも「強さ」を求める選手が入ってきて、練習が変わり、その背中に続いたチームメイトがいて、そんなチームがついに関東の表彰台に登ったのだ。表彰台を見上げるおじさん、感動。

時は過ぎて2018年6月、アイアンマンフィリピンに出場する。就活生ながら5月31日に日本を出国するスケジュールを組んでしまったり、レース中に変速機が壊れてしまったり色々なことがったのだが、何とか年代別1位を獲得した。そして表彰台の一番高いところに、1人立つことを許された。そのときにふと思う。表彰台というものは多くの場合、1人で乗るものである。しかし、あと一度だけ3人で立つチャンスがある。思い起こせば、チームに大した貢献ができなかった4年間だったようにも思える。初ミドル後のリカバリーを優先して、同期や先輩の関東選手権の応援をパスしたこともあった。ターゲットにするレースが異なると言って、チームを率いる立場でありつつも別メニューに取り組むこともあった。驚くべきことなのだが、最近、何かしらの形でチームに対していい影響を及ぼせないかと考えることが、しばしある。同期が卒業し、後輩も卒業し、Team J.に所属することが、自分の中では当たり前のことでなくなっているからだと思う。今さら何か新しいことを始めようとは思わないが、自分らしいやり方で、チームにいい影響を与えることができたら、それ以上に望ましいことはないと思う。例えば、関カレに出場して、チーム3枚目以内に入り、団体順位を押し上げることができれば、それは今の自分にできる自分らしい貢献になるだろう。

そんなことを考えながらフィリピンから帰国したところ、チーム内で連絡事項が共有された。

「インカレに出場しない選手が九十九里トライアスロンに出場することを、チームとして推奨します」

自分はインカレに出場しない選手である。九十九里トライアスロンのエントリー要項を確認し、主将の小池に連絡を入れる。そして、こう返ってきた。

佐相「九十九里出るね」

小池「さそーさーん、ことしは関カレ出ないんすか?

本当は、心のどこかでその言葉を待っていたのかもしれない。2年ぶりに関カレのエントリー要項のページを開く。今度は見上げられる側に立てるだろうか。

次回は、避けて通れないあの問題です。

 - 2018関東学生選手権, Team J.